園長退任のお知らせとご挨拶
お知らせ | 24.03.07
長い間、お世話になりました。
2024年3月31日で、園長を退任します。
全ての子どもが、「豊かな子ども時代」を過ごせる社会を!
社会福祉法人栗隈福祉会 くりくま保育園 理事長・園長 武尾正信
2007年4月、副園長としてくりくま保育園に入職しました。前職は、府下公立中学校の社会科教師。教員時代の勤務地は、宮津→宇治→八幡で、通算23年間お世話になりました。多くの生徒たちと教育現場で過ごしてきました。教え子の中には、くりくまの保護者や職員として、時を経て出会えることはうれしいことですし、多方面での活躍の話は、心躍るものがあります。
くりくまと私との関わりは、今から34年ほど前、長女を1歳半くらいで、くりくまにあずけた時にさかのぼります。当時、「子どものことをよく見てくれる保育園は?」口コミで「くりくま」と、広がっていました。それから数えて3人の娘を11年間通わせていただき、諸先生方や保護者仲間に子育ての楽しさ、保育運動、人間発達の道筋等を教えてもらいました。くりくまの仲間の中で、親としても豊かに人生を送ることができました。感謝しかありません。娘3人が同時在園した1年間は、週明けのふとん3セットの持ち運びや、布おむつの洗濯、しんどかったけれど充実した毎日でした。私も、まだ20代後半から30代前半の年齢です。パワーがあり、同じ思いの保護者同士の交流が楽しかった。当時18時まで開所だったので、17時55分頃に王将の交差点をぶっ飛ばしていたことも今となっては懐かしい思い出です。
娘のくりくま保育園時代、二女のクラスで一緒になった4つの家族とは送迎時間もよく同じ頃になったこともあって意気投合しました。以来ずーっと今でも、家族ぐるみのつき合いが続いていて、オートキャンプやスキー、みんなで旅行も何回も出かけました。子どもたちの成長とともに、様々な悩みも相談しまるで、「大きな家族」のようなお付き合いが今でも続いています。子どもたちがそれぞれ独立し、夫婦2人×4家族で「4家族の会」を結成して、懇親会を開いたり、コンサートに出かけたり、楽しんでいます。保育園時代から続く宝物のような思い出です。
私は、1961年1月5日、冬らしい雪の降る?日(「知らんけど」)に京都市伏見区の産婦人科病院で生まれました。当時から、家は大久保に在り、現在の南丹市美山町にあるような茅葺きの家でした。玄関を入って、「ねずみいらず」(納戸)があって、土間に「おくどはん」(炊事の炉)があって、靴を脱いで居間にあがっていました。古い家でしたが大好きな空間でした。当時、庭で放し飼いにしていた鶏に追いかけられサボテンのところで尻餅をつき痛い思いをしたことも現在では笑い話です。
その大好きだった茅葺きの家も大久保小1年生の冬(1968年1月)に、風呂のたき付けの火が引火し全焼してしましました。その光景は今でも、鮮烈に目に焼き付いています。焼け跡を父母が片づけ、父は大工の技術を活かして、焼け残った農家の蔵を住めるように改造して、数ヶ月家族で住んでいました。その間、今の家の土台野平屋が完成しました。ご近所や知り合いの方にいっぱい助けていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。昨年5月に同居していたその父が亡くなった折、父母に対する思いが去来してきました。
今は独立してそれぞれ家庭を築いている3人の娘と保育士をしている妻に、「ありがとう。」です。面と向かっては照れくさいけど、応援してもらいました。教育の現場から児童福祉(保育園)の現場へ、家族には迷惑をいっぱいかけました。振り返ってみれば、人生をともに歩き、彩り豊かに楽しく過ごさせてもらいました。しんどいこともあったけれど、今では楽しい思い出がいっぱいです。
今後は、ヘルプがあったら「じーちゃん」として出動(8人の孫の送迎や通院等)して、ゆっくりとした人生を歩みたいと思います。また、街で出合ったら気軽に声をかけてください。
最後に、保護者のみなさま、職員のみなさま、長きにわたり本当にお世話になりました。
何度も言うのですが、保護者のみなさまや職員のがんばりの中で、「自分もがんばらねば・・・。」という前向きな気持ちになれたし、教員時代の大変な勤務の基礎に園長時代の建物が建てられたと思っています。共通なのは、子どもに関わることで、今後も社会貢献したいと思います。いつまでも夢をもち続け、追い続け少しずつ前進できたらいいなと、願っています。
4月からは、事務長(週半分ほど出勤)兼任の理事長として、社会福祉法人栗隈福祉会の経営を仰せつかりました。地域に根ざし、福祉のまなざしを曇らせることなく、児童福祉の分野を充実していきたいと存じます。また、地域のニーズにもアンテナを張り、社会福祉法人として将来を展望していきたいと考えています。
児童福祉分野で運営をしてきた本園の歩みは、複雑化する社会情勢の中で、ますます重要になってくると思います。引き続き、日本国憲法・児童憲章・国連子どもの権利条約に則って、誰もが自分の人生の主人公として、輝いて人生を全うできるよう。その土台づくりを乳幼児期に構築するため、豊かな保育の実践を創造して参りたいと考えています。
少子化が叫ばれ、全体としても人口減少が続く日本社会で、今後とも保護者・職員のみなさまと手を携えて進んでいきたいと願っています。末永くお付き合いのほどよろしくお願いします。
2024年4月1日からは、後任の園長として現主任の飯田岳志が務めます。働き盛りのくりくま生え抜きの男性保育士です。主任の任を2年間勤め、次代を担う園長として頑張る決意をしています。今後も、変わらぬご支援・ご指導、よろしくお願いします。